モイラの研究には、成果がある。

細胞レベルでDNAを書き換える理論を作り、ガブリエル・レイエスの生命を維持し、回復と崩壊の両方へ働く生体技術を扱っている。彼女を「何も生み出せない狂気の科学者」と片づければ、なぜブラックウォッチ、タロン、オアシスが研究を支えたのか説明できない。

では、成果が出ているなら研究は正しいのか。モイラの問題は、科学が成功したかどうかではなく、成功のために誰の同意と被害を無視してよいと考えたかにある。

モイラの公式オリジン・ビジュアル

批判されたのは、進歩が早すぎたからだけではない

モイラは、DNAの書き換えを細胞レベルで可能にする遺伝子改良プログラムの基礎理論を発表した。病気の克服や人間の新たな可能性へつながるとして期待された一方、倫理に反する研究だという批判を受ける。

さらに、他の遺伝子学者による再現実験は失敗した。ここでは二つの問題を分ける必要がある。研究対象や手段が許容できるかという倫理の問題と、他者が同じ結果を確認できるかという科学的な信頼性の問題である。

公式の言動からは、モイラがどちらも進歩を妨げる制約として扱っていると読める。だが、再現できないという批判は単なる保守性ではない。成果の条件を他者が検証できなければ、治療の利益も危険も正しく評価できないからだ。

ブラックウォッチは自由を与えたのか

科学界で立場を失ったモイラへ、秘密裏に研究環境を与えたのがブラックウォッチだった。彼女は組織のために武器や技術を開発し、その中にはガブリエル・レイエスへの実験も含まれる。

ブラックウォッチのヴェネツィア任務「レトリビューション」

ブラックウォッチは、倫理的な審査から研究を解放した。しかし、それは研究を社会から独立させたのではない。成果が秘密工作へ使われるという、別の目的へ従属させた。

モイラにとっては、研究を止められないことが重要だったのだろう。組織にとっては、通常の制度では扱えない技術を得られることが重要だった。両者の利害が一致しただけで、自由な研究環境と呼ぶには、利用目的も被験者への責任も隠されすぎている。

レイエスを生かした処置は正しかったのか

オーバーウォッチのスイス本部が壊滅した後、モイラは瀕死のレイエスへ処置を行った。公式プロフィールでは、生命を維持するために必要だと伝え、以前投与した物質の強力な版を注射したと説明されている。

処置によってレイエスの能力は強化されたが、制御を大きく失う結果にもつながった。命が助かったことと、処置全体が本人にとって望ましい結果だったことは同じではない。

現時点では未確定

レイエスが処置の結果をどこまで説明され、どの範囲に同意したのかは、公式プロフィールだけでは確認できない。リーパーとなった身体の変化を、モイラが最初からすべて予測していたかも明らかではない。

リーパーの存在はモイラの技術力を示す一方、救命を理由にどこまで人体へ介入できるのかという問題を残す。結果が大きいほど、説明と同意の必要性も小さくはならない。

タロンとオアシスが支える理由

オーバーウォッチ解体後、モイラはタロンの支援を受けて研究を続け、同時にオアシスでは遺伝学担当大臣になった。犯罪組織と先進都市の両方が彼女を受け入れた事実は、研究が単なる失敗ではないことを示している。

しかし、支援者が増えたことは倫理的な承認を意味しない。タロンは成果を自分たちの目的へ使い、その代わりに資金と被験環境を渡す。オアシスも、科学者へ大きな裁量を与える都市である。どちらもモイラが求める「止められずに試せる場所」を提供している。

回復と崩壊の両方を扱うモイラ

この関係では、研究を止める役割を誰が担うのかが見えない。モイラ本人が限界を認めず、支援組織が成果を欲しがるなら、危険を負う側だけが判断から外される。

マーシーとの違いは技術の明暗ではない

マーシーも、生命へ深く介入する医療技術を持ち、軍事組織の中で研究した科学者である。二人の違いを、回復する技術と破壊する技術の差だけで説明することはできない。

マーシーの技術も戦場で使われ、モイラの技術にも生命を維持する働きがある。

差が出るのは、研究を止める条件を持つかどうかだ。アンジェラは技術の軍事利用やブラックウォッチの活動へ反対し、組織から距離を置いた。モイラは倫理的、金銭的な制約から解放されることを求め、より多くの資源をくれる組織へ移る。

私は、ここに二人の科学観の違いがあると考えている。何を作れるかではなく、作れるものを使わない判断も研究者の責任に含めるかどうかである。

ヴェンデッタ体制を歓迎した理由

ドゥームフィストが敗れ、ヴェンデッタがタロンを掌握した後も、モイラは組織を離れていない。公式プロフィールは、新体制を歓迎し、以前より潤沢な支援を得て研究を新しい段階へ進めていると説明する。

公式ストーリー「進歩」

この選択は、モイラがタロンの思想へ忠誠を誓っている証拠とは限らない。指導者が変わっても、研究資源が増えるなら協力を続ける。彼女にとって組織は信仰する対象ではなく、実験を止めないための環境に見える。

一方で、「研究のために利用しているだけ」なら責任が軽くなるわけではない。タロンが成果を暴力へ使うと知りながら支援を受け、本人も組織の活動へ参加している。目的が科学であっても、予測できる利用から研究者だけを切り離すことはできない。

モイラの研究は成果があれば正しいのか

モイラを評価する時、研究成果を否定する必要はない。彼女は実際に、他者が到達できなかった技術を生み、死にかけたレイエスを生かした。

それでも成果だけでは、研究の正しさは決まらない。再現性を検証できるか、被験者が説明を受けて選べるか、危険が生じた時に止められるか、成果を使う組織へどこまで責任を持つか。モイラはこれらを進歩の外側へ追い出してきた。

だから彼女は、成果のない「悪の科学者」なのではない。成果を出す能力が高いからこそ、制約を捨てる判断の影響も大きい。モイラの物語が問うのは、科学がどこまで進めるかではなく、進める者を誰が止められるのかである。